
米国株式市場は、2023年7月8月にかけて、AI関連銘柄の好調な業績や成長見通しが支えとなり、堅調に推移しました。一方で、米国経済はインフレ圧力や金融政策の先行き不透明さなどの課題に直面しており、景気のソフトランディングが期待されています。この記事では、米国株式市場を牽引するAI関連銘柄と米国マクロ指標に見るファンダメンタルズについて解説します。
米国株式市場を牽引するAI関連銘柄
AI(人工知能)は、データ分析や自動化、画像認識や音声認識などの分野で革新的な技術として注目されています。すでにAI(人工知能)は、現代社会において欠かせない技術となっています。AIは、さまざまな分野で革新的な変化をもたらし、企業の競争力や利益率を高める可能性を秘めています。そこで、米国株式市場においてAI関連銘柄が注目されています。ここでは、2023年1月から7月までのAI関連企業の動向と、今後2023年8月以降に注目されるAI関連企業の動向、そしてAI技術の世界的な広がりについて紹介します。
米国AI関連銘柄のQ2決算
米国株式市場は、2023年に入り、AI関連銘柄の好調な業績や成長見通しが支えとなり、堅調に推移しました。AI関連銘柄は、その高い成長性や競争力から、投資家の人気を集めています。特に、MicrosoftやGoogleなどのビッグテックは、AI技術を活用したクラウドサービスやデバイスなどの事業展開で高い収益性を示しています。
Alphabetの2023年第2四半期収益は746億400万ドル (約10兆5000億円)で、前年同期比で7%の増加となりました。 営業利益は218億3800万ドル (約3兆800億円)で、前年同期比の30%から25%へ利益率は減少。純利益は183億6800万ドル (約2兆6000億円)でした。「YouTube ads (YouTube広告)」の2023年第2四半期収益は76億6500万ドル (約1080億円)で、前年同期比は約4.4%の増加となりました。 また、Google検索などの収益も含めた「Google advertising (Google広告)」は581億4300万ドル (約8兆2000億円)で、前年同期比は約3.2%の増加となりました。
また、Microsoftは2023年4~6月期において、売上高が527億ドル(約6兆8,510億円、前年同期比 2%増)、営業利益 216億ドル (Non-GAAP 同▲3%)、四半期純利益 174億ドル(Non-GAAP 同▲7%)となりました。このうち、クラウド・コンピューティングのAzureと他のクラウド・サービスの売上の伸びは同31%増と1Qの20%増よりは回復しました。マイクロソフト社は決算発表の前日にOpenAIへとの協業について発表をしましたが、マイクロソフトはOpenAIの独占的なプロバイダーに正式になりました。MicrosoftのクラウドサービスAzureのAzure OpenAI Serviceは、OpenAIのAIモデルであるGPT-3.5や画像生成AIのDALL-E 2などに対応していますが、ChatGPTへの対応も予定しています。
さらに、AmazonやFacebookもAI関連銘柄として注目されています。
2023年第2四半期におけるAmazonの純売上高は1344億ドル(約19兆1800億円)で、前年同期となる2022年第2四半期の純売上高である1212億ドル(約16兆3000億円)と比較して約11%の増加を見せています。ウォール街は2023年第2四半期におけるAmazonの純売上高を1315億ドル(約18兆7600億円)と見積もっており、ウォール街の予想よりも好調だったことが報告されています。さらに、2023年第2四半期におけるAmazonの営業利益は77億ドル(約1兆980億円)と、前年同期の33億ドル(約4700億円)から約230%増という急激な増加を見せています。
Facebookは2023年4~6月期において,、6月30日の時点で月間アクティブユーザー数(MAU)は29億人となっており、前年同期比で7%増加している。ユーザーの訪問が堅調なことなどが後押しし、第2四半期の売上高と利益はアナリストの予想を上回りました。売上高は前年同期比56%増の285億8000万ドルでした。1株あたり利益は3.61ドルで、Thomson Reutersがまとめたアナリスト予測の平均値である3.03ドルを上回りました。
META社は2023年第2四半期決算を発表し、昨年の悲観的な様子から一転し、前年同期比で11%の増収となったことを明らかにしました。Zuckerberg氏は、Llama 2、Threads、Instagramリール、新しいAI製品のリリース、そして秋にはQuest 3の発売が予定されており、製品ロードマップはここしばらくで最もエキサイティングなものだと述べました。売上高の増加だけではなく、2023年6月の同社のサービス群全体のデイリーアクティブピープルが30億7000万人で、前年同期比7%増となっていることは興味深いところです。同じサービス全体の月間アクティブ人口は6月30日現在で38.8億人で、前年比6%増でした。
一方で、Nvidiaの決算は8月23日に予定されており、増収増益が見込まれています。
会社名 | 売上高(億ドル) | 前年同期比 | 利益(億ドル) | 前期比 |
---|---|---|---|---|
Microsoft | 527.0 | +2% | 216.0 | -7% |
746.0 | +7% | 218.0 | -13% | |
Amazon | 1344.0 | +11% | 77.0 | +230% |
290.0 | +56% | 102.0 | +101% | |
META | 320.0 | +11% | 94.0 | +16% |
米国マクロ指標に見るファンダメンタルズ
一方で、米国経済はインフレ圧力や金融政策の先行きに不透明感を高めています。2023年7月に発表された消費者物価指数(CPI)は、前年同月比で3.0%となり、市場コンセンサスの3.1%も下回りインフレ鈍化が鮮明になってきています。また、個人消費支出(PCE)デフレーターは、同月比で0.2%上昇し、PCI同様に鈍化がみられます。これらの指標は、6月のコモディティ価格の下落を大きく反映していると推測されます。ただし、2023年7月において、原油価格は7月に10%以上上昇し、コモディティ全般の上昇がみられます 。このような外的なインフレ圧力を反映し、今後のインフレの下落期待は大きく持つことはできないと考えています。



米国経済のリスク要因
米国経済には、インフレ圧力だけでなく、他にもリスク要因が存在します。一つは、企業倒産の増加です。コロナ禍による経済活動の停滞や需要の低迷により、多くの企業が資金繰りに苦しみ、倒産に追い込まれています。特に、小規模や中規模の企業が淘汰される傾向にあります。2023年1~6月期において、米国で発生した企業倒産件数は約1万件となり、前年同期比で23%増加しました 。このうち、小規模や中規模の企業が占める割合は約90%に達しました。このような企業倒産の増加は、雇用や生産性に悪影響を及ぼす可能性があります。
米国上場企業の倒産件数の推移(2023年)
月 | 倒産件数 | 前年同期比 |
---|---|---|
1月 | 12件 | +9.1% |
2月 | 9件 | +12.5% |
3月 | 15件 | +36.4% |
4月 | 13件 | +18.2% |
5月 | 14件 | +27.3% |
6月 | 16件 | +33.3% |
商業用不動産が与える市場への影響
米国の商業用不動産市場は、オフィス、物流施設、ヘルスケア、ホテルなどのセクターに分かれています。2021年第2四半期の、市場規模は約2,691兆円と推計されています。しかし、新型コロナの影響で、セクターによっては空室率が高くなったり、賃料が下落したりするなどの状況となっており、特にオフィスの空室率は過去10年で最も高い水準で、テレワークの普及や都市部から郊外への移住などのトレンドが続くと、さらに厳しい状況になっています。
- 商業用不動産ローンの残高は約590兆円で、そのうち最も多い資金の出し手は銀行で全体の38.6%を占めています。
- 集合住宅を除けば、金融機関が直面する問題の大きさは一層顕著になります。リポートによれば、今後5年で満期を迎える他の商業用不動産ローン債権のうち最大70%を銀行が保有しているといわれています。
- しかし、金利上昇やコロナ禍の影響で商業用不動産向け融資を縮小する銀行も増えており、不確実性が高まっています。
- 商業用不動産ローンの集中度が高い中堅以下の銀行は、リーマン・ショック級のリスクに直面しているとも言われています。
- FRB(連邦準備制度理事会)の調査では、CRE(Commercial real estate:商業用不動産)に対する金融機関の融資審査態度は急激に厳格化しており、資金需要も減退しています。銀行部門全体で見ればCREに対するエクスポージャーはさほど大きくはないが、中小銀行では総資産の2割超がCRE向け融資となっています。
- 2023年第1四半期には、商業用不動産ローンの債務不履行率は0.9%と前年同期比で0.1ポイント低下しましたが、これは主に集合住宅ローンの改善によるもので、オフィスや小売りなどのセクターでは依然として高い水準にあります。
- 2023年4月時点で、商業用不動産ローンの約10%が特別管理に入っており、これはリーマン・ショック時の水準を上回っています。
- 2023年3月時点で、商業用不動産ローンの約20%が返済期限を迎える前に借り換えが必要な状況にあり、そのうち約半分はオフィスビルや小売り施設などの価格が下落しているセクターに関係しています。
米国の商業用不動産は空室率が上昇し、賃料が下落しています。特に、ニューヨークやサンフランシスコなどの大都市では、テレワークやオンラインショッピングの普及により、商業用不動産の価値が大きく低下しています。ブルームバーグの調査によると、2022年第4四半期には、米国全体で商業用不動産の空室率は18.2%に達し、2009年以来の高水準となりました。また、賃料は前年同期比で6.8%減少しました。
富裕層、NY市の空き目立つオフィスビルをバーゲンあさり-機会到来 – Bloomberg
世界の空きオフィスビル、債務の時限爆弾に-家主はデフォルト選択 – Bloomberg
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このような商業用不動産の危機は、米国経済に大きな影響を与えるだけでなく、中小金融機関にも波及する可能性があります。商業用不動産ローンは、米国の銀行資産の約20%を占めており、そのうち約40%が中小銀行が保有しています。商業用不動産の価値が下落すれば、ローンの返済能力が低下し、貸倒れや債務不履行のリスクが高まります。実際に、2022年第4四半期には、米国の銀行の商業用不動産ローンの貸倒れ率は1.3%に上昇し、2010年以来の高水準となりました。
中小金融機関は、商業用不動産ローンの貸し出しにより、地域経済の発展に貢献してきました。しかし、商業用不動産市場の危機により、中小金融機関の収益性や資本水準が低下する恐れがあります。ブルームバーグの分析によると、2022年第4四半期には、米国の中小銀行の平均利益率は0.8%に低下し、2010年以来の低水準となりました。また、中小銀行の平均自己資本比率も11.5%に低下しました。これらの指標は、中小金融機関の財務状況が悪化していることを示しています。
中小金融機関は、商業用不動産ローンのリスクを管理するために、様々な対策を取っています。例えば、ローンの期限延長や利息減免などの債務再編成を行ったり、ローンの売却や担保化などの資産処分を行ったりしています。しかし、これらの対策は、商業用不動産市場の回復が遅れる場合には、十分ではない可能性があります。中小金融機関は、商業用不動産ローンの貸倒れや債務不履行に備えて、十分な資本や資金を確保する必要があります。
米国消費者の債務状況と延滞率の動向
米国では、コロナ禍での経済対策やワクチン接種の進展により、景気回復が見込まれていましたが、最近ではインフレや金利上昇などの懸念が高まっています。このような環境下で、米国消費者の債務状況と延滞率はどうなっているのでしょうか?
まず、米国消費者の債務状況について見てみましょう。米ニューヨーク連銀が発表した報告書によると、米消費者の債務残高は16兆1500億ドル(約2151兆円)でした。これは前年同期比で2.8%増加し、過去最高を更新しました。調査会社のエクスペリアンによると、平均的な米国人が抱えるクレジットカードの債務残高は5900ドルと言われています。

家計債務の内訳を見ると、住宅ローンや自動車ローンなどが主な要因となっています。住宅ローンは、住宅市場の活況や低金利政策により、借り入れが増加しました。自動車ローンは、コロナ禍で公共交通機関を避ける傾向や自動車価格の高騰により、借り入れが増加しました。また、カードローンや学生ローンなども増加傾向にあります。カードローンは、コロナ前を上回る消費活動や物価上昇により、借り入れが増加しました。学生ローンは、教育費用の高騰や就職難により、借り入れが増加しました。
次に、米国消費者の延滞率について見てみましょう。延滞率とは、支払い期限を超えた債務の割合を示す指標です。延滞率が高いということは、借り手の返済能力が低下していることを意味します。ニューヨーク連銀は、延滞率も上昇し始めていると警鐘を鳴らしています。
特に注目すべきなのは、カードローンや学生ローンなどの非担保型債務の延滞率です。これらの債務は、住宅ローンや自動車ローンなどの担保型債務と比べて、金利が高く、返済が困難になりやすい債務です。2022年末のカードローンの延滞率は、コロナ前の2019年末の8.36%から9.15%に上昇しました。また、学生ローンの延滞率は、コロナ前の2019年末の10.75%から11.02%に上昇しました。これらの債務は、米国家計債務の約3割を占めており、今後も増加する可能性が高いと見られています。
一方で、住宅ローンや自動車ローンなどの担保型債務の延滞率は、コロナ禍で導入された支払い猶予制度や借り換え制度などの影響で低下しています。2022年末の住宅ローンの延滞率は、コロナ前の2019年末の1.06%から0.62%に低下しました。また、自動車ローンの延滞率は、コロナ前の2019年末の4.94%から4.05%に低下しました。しかし、これらの債務は、金利上昇や物価高騰などにより、今後は延滞率が再び上昇する可能性があります。
消費者債務は過去最高の16.9兆ドルに達し、延滞も増加 (cnbc.com)
また、銀行は貸出信用を急激引き締めており、消費者の消費行動を今後大きく左右することになりそうです。実際にローン拒否率は急上昇しています。
以上から、米国消費者の債務状況と延滞率は、インフレや金利上昇などの経済環境の変化に大きく影響されることがわかります。ニューヨーク連銀の研究員らは8月2日のブログ記事で、負債残高が急増しているうえ、所得が最低クラスの地区では昨年約2%だった延滞率が最大2.5%までじわじわ上がるなど、「学生ローンを除く全ての種類の債務が大幅に増加した」とし、「各債務の増加は物価上昇に伴う借り入れの増加が一部反映されている」と示しました。
延滞率は全ての債務で小幅に上昇。クレジットカードと自動車ローンの延滞率は特に低所得者層で上昇しています。商業用不動産同様に、金融機関に与える影響が懸念されます。
米国債の格下げと利払いの急増
8月2日米国債はフィッチによりAAAの格付けからAA+に格下げされました。これは12年ぶり2回目の格下げとなります。フィッチは格下げの理由として①今後3年間に予想される財政悪化、②高水準で増大する一般政府債務負担、③過去20年間における「AA」や「AAA」格付けをめぐるガバナンスの低下の反映――を理由に挙げました。
フィッチによる米国債の格下げに対し、イエレン財務長官は「米経済の強さを踏まえると不当で、恣意的」と不満を表明しています。
しかし実際には、米国政府は現金保有残高が急減し債務上限を引き上げ、8月7日入札予定の3カ月物の入札規模は、前回から20億ドル引き上げ670億ドル(約9.5兆円)、6カ月物は600億ドル(従来580億ドル)としています。また、8月8日入札予定の1年物は400億ドル(同380億ドル)、6週間物については550億ドル(同500億ドル)と全て引き上げられています。

同時に国債の利払いはFRBの利上げもあり、ついに1兆ドルに迫る勢いとなっています。

AIブーム vs 米国ファンダメンタルズ
現在の株式市場は、新たな産業革命ともいわれるAIというブームに乗り、FRBの利上げに逆らう形で株高を演出してきました。一方でFRBはインフレを意識した利上げを継続し、株高の金融環境の緩和状況を抑え込むべく、パウエル議長のリーダーシップのもとインフレ抑制に注力してきました。労働市場は底堅く、インフレは徐々に抑え込まれつつあり、ここまではFRBの思惑通りと言っていいと思います。確かに金融機関の信用問題が起こり4銀行が破綻し、低所得者層の国民は物価高に苦しんでいますが、歴史を振り返れば、ここまでうまくインフレを追い込んだ中銀総裁は過去にいなかったと思います。
一方で、ここからの展開は大きく変わる可能性が否定できません。雇用統計はゆるみが見えてきているとは言え、消費者の個人所得は上昇を続けています。インフレが抑制される一方で、所得が増加し続けることで、インフレ抑制にブレーキがかかる可能性は否定できません。また、6月中はWTI等エネルギーを含むコモディティの下落がインフレ抑制を後押ししたのは間違いなく、7月に入りWTIは大きく上昇を見せています。この影響は8月9月のインフレ(CPI、PCE)へ影響を与え、下落スピードは大幅に鈍化するでしょう。
このような中、AIブームは間違いなく世界中に広がりを見せています。日本だけでもAI関連新興企業が7社IPOし、株式市場を後押ししています。欧州では、欧州委員会を中心にAIの開発および導入促進の取り組みを2018年から加速しています。フランスは、国家主導でAI開発に積極的に取り組んでいます。米国と中国は、AIビジネスで先行しており、生成AIの台頭にも対応しています。G7広島サミットでは、G7諸国が生成AIに関して足並みを揃える「広島AIプロセス」が合意されました。日本オラクルが実施した世界10カ国のAI利用状況調査によると、インド、中国、UAE、米国でAI導入が進んでいます。
ここにきてAIブームによる株式市場の上昇と米国経済のファンダメンタルの逆行の対決が鮮明になってきており、株式市場は不安定な状況を見せています。前回の記事でも書いたようにリバランスは行うべきという視点は変わっていません。というか、米国債の格下げというイベント、日銀のサプライズYCC柔軟化というイベントが思いがけず早く来たので、先週のうちにリバランスを行いました。米国債に関しては格下げのインフレ状況を様子見してからと考えています。