「米国経済の3つの大きな爆弾」でもお送りした商業用不動産市場について、この記事で深掘りをしてみたいと思います。状況は、悪化の一途を辿っており、来年の債務償還に向けてタイマーは着実に進んでいます。商業用不動産は中小銀行へ大きな影響を与える投資セクターであり、引き続き注視していきたいと思います。

以前の記事は下記のリンクから👇
米国経済の3つの大きな爆弾 Three Big Bombs in the U.S. Economy (nekomama.jp)

それではCMBS(Commercia l Mortgage-Backed Securities、商業不動産担保証券)について見ていきましょう!
CMBS市場の混乱とその原因
米国の商業用不動産担保証券(CMBS)市場は、コロナ禍や金利上昇の影響で混乱が続いています。CMBSとは、複数の商業用不動産ローンを束ねて、モーゲージプールを組成し、このモーゲージプールを裏付けに発行される証券のことです。CMBSは不動産ローン市場に流動性を提供し、投資家に多様なリスク・リターンプロファイルを選択できる機会を与えます。
しかし、コロナ禍により、オフィスやショッピング・センターなどの商業用不動産の需要が減少し、空室率や賃料が低下しました。これにより、不動産所有者の収入が減少し、CMBSに担保されたローンの返済能力が低下しました。また、金利上昇により、CMBSの価格が下落し、発行市場が低迷しました。
2023年6月のCMBS滞納率は4.4%に上昇し、2021年以来の最高水準に達しました 。滞納率の上昇は主にオフィスセクターの不振によるもので、ロンドンやニューヨーク、シカゴなどの都市で大規模なオフィスビルが特別管理下に移行しました 。特別管理下とは、ローンサービサーが不動産所有者から管理権を奪い、資産価値の回復や売却を目指すことです。
2023年上半期のCMBS発行額は前年同期比で約82%減少し、2010年以来の最低水準となりました。発行市場の低迷は、不動産所有者の借り換えリスクを高めています。借り換えリスクとは、ローン満期時に新たな資金調達ができないリスクです。CMBS市場が活況であれば、不動産所有者は満期前に新たなCMBSを発行して借り換えることができますが、CMBS市場が停滞すれば、その選択肢が失われます。
CMBSの需要減少はすでに不動産全体の市場縮小を表しています。
CMBS市場の不振とその影響
CMBS市場の不振は、不動産所有者の借り換えリスクを高めています。借り換えリスクとは、ローン満期時に新たな資金調達ができないリスクです。CMBS市場が活況であれば、不動産所有者は満期前に新たなCMBSを発行して借り換えることができますが、CMBS市場が停滞すれば、その選択肢が失われます。
借り換えリスクに直面した不動産所有者は、以下のような対応を迫られます。
- 自己資金でローンを返済する
- 他の貸し手から新たなローンを借りる
- 不動産を売却する
- ローンの延長や変更を交渉する
- ローンの滞納やデフォルト(債務不履行)をする
これらの対応は、不動産所有者にとってどれも望ましくないものです。自己資金でローンを返済する場合は、キャッシュフローが圧迫されます。他の貸し手から新たなローンを借りる場合は、現状のFRBによる利上げのもとで利率や条件が不利になる可能性があります。不動産を売却する場合は、市場価格が低下していることや売却先が見つからないことが問題になります。ローンの延長や変更を交渉する場合は、貸し手の同意が必要であり、追加的な費用や担保が発生する可能性があります。ローンの滞納やデフォルトをする場合は、信用力や資産価値が低下し、訴訟や差し押さえのリスクにさらされます。
このように、CMBS市場の不振は、不動産所有者にとって大きな負担となっています。また、CMBS市場の不振は、投資家や貸し手にとっても悪影響を及ぼしています。投資家は、CMBSの価格低下や収益低下により損失を被る可能性があります。貸し手は、ローンの滞納やデフォルトにより回収率が低下する可能性があります。
不動産市場規模の縮小が進行している場合、売却したいオーナーが売却先を探しても見つからない、もしくは法外な安値での売却になります。これが不動産市場の恐ろしいところですね。
CMBS市場におけるインフレや金利上昇のリスクと対策
CMBS市場において、インフレや金利上昇は重要なリスク要因です。インフレや金利上昇は、不動産価格やキャッシュフローに影響を与える可能性があります。また、CMBSの価格や収益性にも影響を与えます。
インフレや金利上昇が不動産価格やキャッシュフローに与える影響は、以下のようなメカニズムで説明できます。
- インフレが上昇すると、不動産の建設費や運営費が高まります。これにより、不動産の供給が減少し、価格が上昇します。一方で、インフレが上昇すると、消費者の購買力が低下し、不動産の需要が減少します。これにより、価格が下落します。したがって、インフレが不動産価格に与える影響は、供給と需要のバランスによって決まります。
- インフレが上昇すると、不動産の賃料も上昇する可能性があります。これは、不動産所有者がインフレに対応して賃料を引き上げることで説明できます。また、不動産はインフレヘッジとしての機能を果たすこともできます。つまり、インフレによる購買力の低下を補うために、不動産の賃料や価格が上昇することです。しかし、賃料の上昇は必ずしも確実ではありません。賃料の上昇は、市場の状況や契約の内容によって制限される可能性があります。例えば、長期契約や固定賃料の契約では、賃料の上昇幅が限られる可能性があります。
- 金利が上昇すると、不動産価格は下落する傾向があります。これは、金利が上昇すると、不動産への投資の割引率(将来のキャッシュフローを現在価値に換算する際に用いる率)も上昇するためです。割引率が上昇すると、将来のキャッシュフローの現在価値は低下し、不動産価格も低下します。また、金利が上昇すると、不動産への投資の機会費用(他の投資機会を逸したことによる損失)も高まります。機会費用が高まると、不動産への投資意欲は減退し、不動産価格も低下します。
- 金利が上昇すると、CMBSの価格は下落する傾向があります。これは、金利が上昇すると、CMBSの現在価値を決める割引率も上昇するためです。割引率が上昇すると、CMBSの現在価値は低下し、CMBSの価格も低下します。また、金利が上昇すると、CMBSへの投資の機会費用も高まります。機会費用が高まると、CMBSへの投資意欲は減退し、CMBSの価格も低下します。
不動産、CMBSの価格下落のメカニズムは、地域や対象の不動産の種類によっても異なります。引き続き、下記を見てみましょう。
以上のように、インフレや金利上昇は、不動産価格やキャッシュフロー、CMBSの価格や収益性に影響を与える可能性があります。しかし、インフレや金利上昇の影響は、必ずしも一様ではありません。インフレや金利上昇の影響は、以下のような要因によって異なります。
- 不動産の種類や地域
- 不動産の賃料や価格の変動性
- 不動産の契約期間や条件
- CMBSの構造や特徴
- CMBSの信用力や流動性
これらの要因によって、インフレや金利上昇に対する不動産やCMBSの感応度が変わります。感応度が高いほど、インフレや金利上昇の影響を強く受けます。感応度が低いほど、インフレや金利上昇の影響を弱く受けます。
では、インフレや金利上昇に対する不動産やCMBSの感応度を低くするためには、どのような対策が有効でしょうか?以下にいくつかの対策を紹介します。
- 不動産所有者は、賃料をインフレ率に連動させることで、インフレに対する賃料収入の保護を図ることができます。また、契約期間を短くすることで、市場状況に応じて賃料を調整することができます。
- 不動産所有者は、金利上昇に対する借り換えリスクを低減するために、長期固定金利型のローンを選択することができます。また、借り換え時期を分散させることで、金利変動の影響を緩和することができます。
- 不動産所有者は、不動産価格下落に対するリスクを低減するために、不動産ポートフォリオを多様化することができます。例えば、セクターや地域別に異なる感応度を持つ不動産を組み合わせることで、全体的な感応度を低くすることができます。
- CMBS投資家は、インフレや金利上昇に対するリスクを低減するために、CMBSポートフォリオを多様化することができます。例えば、構造や特徴別に異なる感応度を持つCMBSを組み合わせることで、全体的な感応度を低くすることができます。
- CMBS投資家は、インフレや金利上昇に対するリスクをヘッジするために、金利スワップやオプションなどの金融派生商品を活用することができます。例えば、金利スワップでは、固定金利型のCMBSから変動金利型のCMBSへと収入源を変更することで、金利上昇による収入減少を防ぐことができます。
商業用不動産市場のセクター別・地域別の分析
米国の商業用不動産市場は、セクターや地域によって大きな差があります。コロナ禍や金利上昇の影響を受けやすいセクターや地域と、受けにくいセクターや地域が存在します。このセクションでは、各セクターや地域の商業用不動産市場の状況とトレンドを分析します。
まず、セクター別に見てみましょう。米国の商業用不動産市場は、主に以下の5つのセクターに分類されます。
- オフィス
- リテール(小売)
- ホテル
- 産業
- マルチファミリー(集合住宅)
これらのセクターは、コロナ禍や金利上昇に対する感応度が異なります。感応度が高いほど、影響を強く受けます。感応度が低いほど、影響を弱く受けます。以下に、各セクターの感応度と状況を示します。
- オフィス:感応度が高い。コロナ禍により、在宅勤務やオフィス縮小の傾向が強まり、オフィスの需要が減少しました。これにより、オフィスの空室率や賃料が低下しました。また、金利上昇により、オフィスの価格も下落しました。特に、ロンドンやニューヨーク、シカゴなどの都市では、大規模なオフィスビルが滞納や特別管理下に移行しました 。
- リテール:感応度が高い。コロナ禍により、消費者の購買力や消費行動が変化し、リテールの需要が減少しました。これにより、リテールの空室率や賃料が低下しました。また、金利上昇により、リテールの価格も下落しました。特に、ショッピング・センターやモールなどの大型施設では、テナントの退去や倒産が相次いでいます 。
- ホテル:感応度が高い。コロナ禍により、旅行や観光の需要が減少し、ホテルの稼働率や宿泊料金が低下しました。これにより、ホテルの収入や価値が低下しました。また、金利上昇により、ホテルの価格も下落しました。特に、都市部や観光地では、ホテルの滞納や特別管理下に陥っています 。
- 産業:感応度が低い。コロナ禍により、電子商取引や物流の需要が増加し、産業用不動産の需要が高まりました。これにより、産業用不動産の空室率や賃料が上昇しました。また、金利上昇による影響も限定的でした。特に、インフラや交通の整備された地域では、産業用不動産の価格や収益性が高まっています 。
- マルチファミリー:感応度が低い。コロナ禍により、住宅需要は一時的に減少しましたが、政府の支援策や低金利政策により回復しました。これにより、マルチファミリーの空室率や賃料は安定しました。また、金利上昇による影響も限定的でした。特に、人口増加や経済成長が見込まれる地域では、マルチファミリーの価格や収益性が高まっています 。
以上がセクター別の分析です。次に、地域別に見てみましょう。米国の商業用不動産市場は、主に以下の3つの地域に分類されます。
- サンベルト(南部・西部)
- ラストベルト(中西部・東北部)
- コースト(西海岸・東海岸)
これらの地域は、コロナ禍や金利上昇に対する感応度が異なります。感応度が高いほど、影響を強く受けます。感応度が低いほど、影響を弱く受けます。以下に、各地域の感応度と状況を示します。
- サンベルト:感応度が低い。サンベルトとは、南部や西部の暖かい気候の地域のことです。サンベルトでは、人口増加や経済成長が見込まれており、商業用不動産の需要が高まっています。これにより、サンベルトの商業用不動産の空室率や賃料は上昇傾向にあります。また、金利上昇による影響も限定的です。特に、産業用不動産やマルチファミリーなどのセクターでは、サンベルトの商業用不動産の価格や収益性が高まっています 。
- ラストベルト:感応度が高い。ラストベルトとは、中西部や東北部のかつて工業地帯だった地域のことです。ラストベルトでは、人口減少や経済衰退が進んでおり、商業用不動産の需要が低下しています。これにより、ラストベルトの商業用不動産の空室率や賃料は低下傾向にあります。また、金利上昇による影響も大きいです。特に、オフィスやリテールなどのセクターでは、ラストベルトの商業用不動産の価格や収益性が低下しています 。
- コースト:感応度が中程度。コーストとは、西海岸や東海岸の沿岸部の地域のことです。コーストでは、人口密度や経済活動が高く、商業用不動産の需要も高いです。しかし、コロナ禍や金利上昇の影響を受けやすいセクターや地域も多く存在します。これにより、コーストの商業用不動産の空室率や賃料は変動しやすくなっています。また、金利上昇による影響も一定程度あります。特に、ロンドンやニューヨークなどの都市では、オフィスやホテルなどのセクターで商業用不動産の価格や収益性が低下しています 。
「オフィス」「リテール」「ホテル」市場ではすでに大手企業から大量の売りが出ており、破産をした企業も出ています。CMBSの満期と変動金利の住宅ローンをきっかけに、ホテルのCREデフォルトの第3波が始まりました|ウルフストリート (wolfstreet.com)
商業用不動産市場の混乱が与える株式市場、金融市場への影響
米国の商業用不動産市場の混乱は、株式市場や金融市場にも影響を与えています。商業用不動産市場と株式市場や金融市場は、相互に関連し合っています。商業用不動産市場の混乱は、以下のようなメカニズムで株式市場や金融市場に影響を与える可能性があります。
- 商業用不動産市場の混乱は、商業用不動産関連の企業や投資信託(REIT)の株価や収益性に影響を与えます。例えば、オフィスやリテールなどのセクターで商業用不動産の空室率や賃料が低下すると、それらのセクターに投資している企業やREITの収入や価値も低下します。これにより、それらの企業やREITの株価も下落する可能性があります。
- 商業用不動産市場の混乱は、商業用不動産担保証券(CMBS)やその他の商業用不動産関連の債券の価格や収益性に影響を与えます。例えば、オフィスやホテルなどのセクターで商業用不動産ローンの滞納や特別管理下が増加すると、それらのローンに担保されたCMBSやその他の債券の信用力や流動性も低下します。これにより、それらの債券の価格も下落する可能性があります。
- 商業用不動産市場の混乱は、金融機関やその他の貸し手の財務状況や信用力に影響を与えます。例えば、リテールやホテルなどのセクターで商業用不動産ローンのデフォルト(債務不履行)が増加すると、それらのローンを貸し出している金融機関やその他の貸し手は損失を被る可能性があります。これにより、それらの貸し手の資本比率や信用格付けも低下する可能性があります。
以上のように、商業用不動産市場の混乱は、株式市場や金融市場に悪影響を及ぼす可能性があります。しかし、商業用不動産市場と株式市場や金融市場との関係は、必ずしも単純ではありません。商業用不動産市場と株式市場や金融市場との関係は、以下のような要因によって異なります。
- 商業用不動産関連企業・REIT・債券・貸し手
- セクターや地域
- 時期や状況
- 政策や規制
これらの要因によって、商業用不動産市場と株式市場や金融市場との相関性や因果性が変わります。相関性が高いほど、商業用不動産市場の混乱が株式市場や金融市場に影響を与えやすくなります。相関性が低いほど、商業用不動産市場の混乱が株式市場や金融市場に影響を与えにくくなります。因果性が強いほど、商業用不動産市場の混乱が株式市場や金融市場に影響を与える原因となります。因果性が弱いほど、商業用不動産市場の混乱が株式市場や金融市場に影響を与える結果となります。
では、商業用不動産市場と株式市場や金融市場との間で、すでに進行している影響について見てみましょう。
- 2023年第1四半期に、米国のオフィスREITの株価は平均で9.2%下落しました。これは、オフィスセクターの空室率や賃料の低下による収入減少や価値低下が反映されたものです。商業用不動産市場と株式市場との相関性は高く、因果性は強いと言えます。
- 2023年第1四半期に、米国のホテルCMBSの滞納率は23.4%に達しました。これは、ホテルセクターの稼働率や宿泊料金の低下による返済能力の低下が反映されたものです。商業用不動産市場と金融市場との相関性は高く、因果性は強いと言えます。
- 2023年第1四半期に、米国の産業REITの株価は平均で8.7%上昇しました。これは、産業セクターの空室率や賃料の上昇による収入増加や価値高まりが反映されたものです。商業用不動産市場と株式市場との相関性は高く、因果性は強いと言えます。
- 2023年第1四半期に、米国のマルチファミリーCMBSの滞納率は2.0%となりました。これは、マルチファミリーセクターの空室率や賃料の安定による返済能力の維持が反映されたものです。商業用不動産市場と金融市場との相関性は低く、因果性は弱いと言えます。
- 2023年第1四半期に、米国のサンベルト地域で最も人気が高かった商業用不動産セクターは産業でした。これは、サンベルト地域で人口増加や経済成長が見込まれており、電子商取引や物流などの需要が高まっていることが要因です。商業用不動産市場と地域との相関性は高く、因果性は強いと言えます。
以上の状況から「オフィス」「リテール」「ホテル」で際立って、延滞率の上昇と特別管理下の状況が顕在化していることがわかります。CMBSを保有する中小銀行への影響が少しづつ現れてくるのも時間の問題と思います。現在の中年齢層の学生ローン支払い義務の復活、FOMCによるさらなる利上げと、中小銀行保有の米国債価格の下落と相まって、金融市場への混乱の引き金の一つになりえることにご注意いただきたいと思います。
QTの同時進行でM2マネーフローも大きく下落しています。様々な方策で個人消費の抑制、行き過ぎた金融緩和の縮小をFRBは実行中です。長期的な視点を忘れず、短期的な株価上昇の波に乗ることが大事ですね♪
このレポートは、以下の参考文献やデータをもとに作成しました。
- [1] commercialobserver.com, “CMBS Delinquency at Highest Level Since 2021”
- [2] DBRS Morningstar, “CMBS Monthly Highlights—June Remittance: Delinquency and Special Servicing Rates Move Higher on Continued Office Underperformance CMBS”
- [3] Nareit, “REIT Performance by Property Sector/Type”
- [4] CBRE, “U.S. Commercial Real Estate Market Outlook”