米国民間銀行の自己資本と米国債保有の実態をご存じですか?

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はじめに

米国の民間銀行は現在何かと話題です。今年に入り4つの中小銀行が破綻・吸収され、米国の金融業界の信用は揺らいでいます。

2023年3月に破綻した米国民間銀行は、シリコンバレーバンク(SVB)、シグネチャー・バンク、シルバーゲート・バンクの3行、4月29日には、ファーストリパブリックバンク(FRB)も破綻し、JPモルガン・チェースに売却されました 。

その一つの原因が、「米国債の評価損」です。米国債の評価損がなぜそれほど中小銀行を含めた金融業界に影響を及ぼすのか,不思議ではありませんか?

ここからは、約5000行ある米国民間銀行の米国債保有比率、その会計基準と脆弱性に関してご説明したいと思います。この記事は下記記事の補足記事となりますが、知識として知っておくとよいと思います。

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米国民間銀行の自己資本と米国債保有金額

最新の2023年7月14日時点でのデータによると、米国の商業銀行が保有する米国国債は4兆1,400億ドルで、前月よりも11.6億ドル減少しています。また、米国のFDIC加盟銀行の自己資本は2兆1,500億ドルで、自己資本比率は15.01%です。単純に言って、米国民間銀行は自己資本の2倍の金額米国債を保有していることになります。

このことからFRBの利上げによって国債価格が下落した影響が如何に大きかったか、想像に難くないと思います。このような状況の中、中小銀行は積極的なベンチャー、新興企業への投資を推し進め、返済が難しくなった企業からの貸し倒れリスクも抱えている状況です。ネット社会の今、このような情報は速やかに拡散し、取り付け騒ぎになり、あれよあれよという間に4行が市場から退場させられました。

政府・FRBは信用回復に躍起になり、ストレステストを実施。しかし、そのストレステストも23の大銀行のみ。その結果を踏まえて中小銀行を含め資本規制強化に乗り出そうとしていますが、逆効果になりかねない事態です。

さて話を戻して、民間銀行が保有する米国債下落の影響に戻りましょう。

銀行における米国債の会計上の扱いに関して

民間銀行の資本とは、銀行が保有する自己資本(株主資本や留保利益など)のことです。銀行の資本は、銀行の安定性や信用力を示す指標の一つであり、銀行規制当局によって最低限必要な水準が定められています。銀行の資本は、一般に以下の2つのカテゴリーに分類されます。

  • コア・キャピタル(Tier 1 capital):銀行の最も基本的な資本であり、株主資本や非累積優先株などから構成されます。コア・キャピタルは、銀行が損失に直面した場合に最も吸収力が高いと考えられます。
  • 補完的キャピタル(Tier 2 capital):銀行の追加的な資本であり、累積優先株や準備金などから構成されます。補完的キャピタルは、コア・キャピタルよりも吸収力が低いと考えられます。

では、民間銀行が保有する米国債は、これらの資本に含まれるでしょうか?答えは、含まれる場合と含まれない場合があるということです。これは、米国債をどのように分類しているかによって異なります。米国会計基準(US GAAP)では、民間銀行は保有する米国債を以下の3つのカテゴリーに分類する必要があります。

  • 満期まで保有(held-to-maturity)
  • 売買目的(trading)
  • 売却可能(available-for-sale)

これらのカテゴリーによって、米国債を資本として扱うかどうかは以下のようになります。

満期まで保有(held-to-maturity):このカテゴリーに分類された米国債は、取得原価で計上されます。つまり、時価会計処理は行われません。したがって、このカテゴリーに分類された米国債は、補完的キャピタル(Tier 2 capital)に含まれることができます。

売買目的(trading):このカテゴリーに分類された米国債は、時価で計上されます。つまり、時価会計処理が行われます。したがって、このカテゴリーに分類された米国債は、資本に含まれることができません。

売却可能(available-for-sale):このカテゴリーに分類された米国債も、時価で計上されます。つまり、時価会計処理が行われます。しかし、このカテゴリーに分類された米国債は、その他包括利益(OCI)に認識されます。したがって、このカテゴリーに分類された米国債は、資本に含まれることができません。

以上から、民間銀行が保有する米国債は、満期まで保有の場合は補完的キャピタル(Tier 2 capital)に含まれることができますが、売買目的や売却可能の場合は資本に含まれることができません。また、米国債を資本として扱う場合は、取得原価での評価となりますが、資本として扱わない場合は、時価での評価となります。

基本的な民間銀行における米国債の取り扱いについてがここまでの説明です。下記からその割合がどの程度なのかについて、ご説明します。

民間銀行の米国債保有割合

民間銀行は、自己資本や預金などの資金源から、米国政府が発行する国債(トレジャリー・セキュリティ)を購入しています。米国国債は、低リスクで流動性が高いという特徴を持ち、銀行にとって重要な資産の一つです。しかし、銀行は保有する米国国債を、満期まで保有(held-to-maturity)、売買目的(trading)、売却可能(available-for-sale)の3つのカテゴリーに分類する必要があります。これらのカテゴリーによって、米国国債の会計処理や資本としての扱いが異なります。

では、民間銀行はこれらのカテゴリーに分類された米国国債をそれぞれどの程度の割合で保有しているでしょうか?これを調査するためには、FRBが定期的に公表している「金融機関報告書(FFIEC 051)」からデータを入手する必要があります。

2023年6月末時点で、米国の全ての商業銀行(約5,000社)が保有する米国国債は約4.1兆ドルでした。このうち、

  • 満期まで保有(held-to-maturity):約0.8兆ドル(19%)
  • 売買目的(trading):約0.7兆ドル(17%)
  • 売却可能(available-for-sale):約2.6兆ドル(64%)

となっています。

つまり米国の民間銀行が保有する64%の米国債は会計上売却可能カテゴリー(vailable-for-sale)に分類されており、また、17%は売買目的(trading)カテゴリーに分類されており、この2つのカテゴリーは国債の価格下落に対し時価会計を行わなくてはならず、国債が下落すると会計上損失が発生することになります。しかしながらこのカテゴリーは資本としては扱われないため、資本そのものへの影響はありません。
2023年6月末時点における米国全ての商業銀行(約5000社)の米国国債保有金額は4.1兆ドルとなっており、この内の(64%+17%)=81%(3兆ドル以上)については時価会計の対象になっていることとなります。米国民間銀行の自己資本が2兆1,500億ドルですから、その影響の大きさがわかると思います。

最後に

米国銀行の米国国債保有総額が、自己資本より大きいことは意外だったかもしれません。しかし、日本も同じで、日本の民間銀行の日本国債保有金額は112兆円、自己資本は63兆円です。如何に民間銀行が国債市場を支えているのか、この点では日米とも同じような状況にあるという事が分かると思います。

つまり、日本も国債価格の下落=利上げは、民間銀行の信用収縮、取り付け騒ぎを引き起こしかねないということです。対岸の火事ではないですね。

参考資料

FRB: Large Commercial Banks– March 31, 2023 (federalreserve.gov)

Federal Reserve Board – Assets and Liabilities of Commercial Banks in the United States – H.8 – July 14, 2023

Treasury and Agency Securities, All Commercial Banks (USGSEC) | FRED | St. Louis Fed (stlouisfed.org)

Securities (B): Portfolio Holdings of U.S. and Foreign Securities | U.S. Department of the Treasury

Treasury Securities – FEDERAL RESERVE BANK of NEW YORK (newyorkfed.org)